サムネイル化した写真・地図をクリックして頂くと
800×600サイズの写真が別に表示されます
1973年の自転車旅行の時の話題は茶色の文字で
1996年の軽井沢から徒歩で下った時の話題は緑色の文字で
今回の散策の時の話題は、この文字色で綴ります

13.09.21.08:57.32.
遊歩道を歩き出して2分で寄り道
横川駅から300mほどの所にある「碓氷関所跡」です。
碓氷関所は1616年設置、1869年(明治2年)廃止
江戸時代の5街道のひとつであった、この中山道には
「碓氷関所」の他に「福島関」(長野県・木曽福島)と
「贄川」(長野県・塩尻)の3カ所、設けられていたそうです。

13.09.21.08:56.23.
この門は碓氷関所の東門
軽井沢寄りに西門があったのでしょう
門の柱や扉は、当時の部材を使用して
復元されているそうです

13.09.21.08:59.31.
遊歩道に戻ります
鉄道文化村の公開展示場の奥に留置線のような場所が・・・
これから展示するために仮置きしているのでしょうか
車体の錆や汚れ、色あせが目立ちます
整備も大変そう・・・
やはり屋外展示施設は難しいです
折角、整備されても、風雨にさらされ錆びたり、色あせしたり・・・
そういう状態の展示物を見たら来訪者もがっかりでしょう
わざわざ入園料を払ってまで、リピートしたくないって思うかも
800×600サイズの写真が別に表示されます
1973年の自転車旅行の時の話題は茶色の文字で
1996年の軽井沢から徒歩で下った時の話題は緑色の文字で
今回の散策の時の話題は、この文字色で綴ります

13.09.21.08:57.32.
遊歩道を歩き出して2分で寄り道

横川駅から300mほどの所にある「碓氷関所跡」です。
碓氷関所は1616年設置、1869年(明治2年)廃止
江戸時代の5街道のひとつであった、この中山道には
「碓氷関所」の他に「福島関」(長野県・木曽福島)と
「贄川」(長野県・塩尻)の3カ所、設けられていたそうです。

13.09.21.08:56.23.
この門は碓氷関所の東門
軽井沢寄りに西門があったのでしょう
門の柱や扉は、当時の部材を使用して
復元されているそうです

13.09.21.08:59.31.
遊歩道に戻ります
鉄道文化村の公開展示場の奥に留置線のような場所が・・・
これから展示するために仮置きしているのでしょうか
車体の錆や汚れ、色あせが目立ちます

整備も大変そう・・・
やはり屋外展示施設は難しいです
折角、整備されても、風雨にさらされ錆びたり、色あせしたり・・・
そういう状態の展示物を見たら来訪者もがっかりでしょう

わざわざ入園料を払ってまで、リピートしたくないって思うかも
2013.09.30 ▲

13.09.28.08:28.05.
先の週末・・・21日に17kmほどの散策をしたら
先週半ばまで、ふくらはぎと脛が筋肉痛+α状態

腰痛<ふくらはぎ&脛痛
・・・で、そんな状態で揉まれたら悲鳴をあげちゃうと
平日の整体はスルーしていました


2013.09.29 ▲
サムネイル化した写真・地図をクリックして頂くと
800×600サイズの写真が別に表示されます
1973年の自転車旅行の時の話題は茶色の文字で
1996年の軽井沢から徒歩で下った時の話題は緑色の文字で
今回の散策の時の話題は、この文字色で綴ります

廃止前。軽井沢から下りてきた「特急あさま」
左側にある車庫の付近に「碓氷峠鉄道文化むら」の
展示場が広がります
軽井沢に向かう「特急あさま」
重たい電気機関車2両が、必ず峠下側に連結されます
重たい機関車が峠上側にあると、急ブレーキがかかった際
座屈のような状況になってしまうから・・・。
登り坂では、客車を押しあげて、下り坂ではつっかえ棒の役割です
この区間では、特急電車に装備された空気ばね・・・
車輪装置に付いた、空気の力で乗り心地を良くする装置ですが
その空気をパンク(抜く)させます
少しでも、重心を低くさせる・・・そこまでする必要のある難所でした
左の白い建物、今も現存(下の写真に映っています)
今回の散策の行程表は・・・
横川駅(08:30)-碓氷鉄道文化むら(08:32)-碓氷関所跡(08:40)-
旧丸山変電所(09:05~20)-峠の湯(09:40)-碓氷湖(10:00~15)-
めがね橋(10:40)-熊ノ平(11:05~30)-めがね橋(11:50~12:00)-
碓氷湖(12:18~30)-峠の湯(12:45)-霧積ダム(13:15~30)-
峠の湯(14:00)-旧丸山変電所(14:15)-碓氷関所跡(14:33)-
碓氷鉄道文化むら(14:41)-横川駅(14:45)・・・休憩を入れて6時間15分

13.09.21.08:42.49.
「碓氷峠鉄道文化むら」入り口です
9時開園なので、まだ閑散としています。
当初、ここから峠の湯(2.6km先)までトロッコ列車の利用を
考えたのですが、運転時刻が10時なので諦めました
・・・ひたすら歩くしかない
800×600サイズの写真が別に表示されます
1973年の自転車旅行の時の話題は茶色の文字で
1996年の軽井沢から徒歩で下った時の話題は緑色の文字で
今回の散策の時の話題は、この文字色で綴ります

廃止前。軽井沢から下りてきた「特急あさま」
左側にある車庫の付近に「碓氷峠鉄道文化むら」の
展示場が広がります

軽井沢に向かう「特急あさま」
重たい電気機関車2両が、必ず峠下側に連結されます
重たい機関車が峠上側にあると、急ブレーキがかかった際
座屈のような状況になってしまうから・・・。
登り坂では、客車を押しあげて、下り坂ではつっかえ棒の役割です
この区間では、特急電車に装備された空気ばね・・・
車輪装置に付いた、空気の力で乗り心地を良くする装置ですが
その空気をパンク(抜く)させます
少しでも、重心を低くさせる・・・そこまでする必要のある難所でした
左の白い建物、今も現存(下の写真に映っています)
今回の散策の行程表は・・・
横川駅(08:30)-碓氷鉄道文化むら(08:32)-碓氷関所跡(08:40)-
旧丸山変電所(09:05~20)-峠の湯(09:40)-碓氷湖(10:00~15)-
めがね橋(10:40)-熊ノ平(11:05~30)-めがね橋(11:50~12:00)-
碓氷湖(12:18~30)-峠の湯(12:45)-霧積ダム(13:15~30)-
峠の湯(14:00)-旧丸山変電所(14:15)-碓氷関所跡(14:33)-
碓氷鉄道文化むら(14:41)-横川駅(14:45)・・・休憩を入れて6時間15分

13.09.21.08:42.49.
「碓氷峠鉄道文化むら」入り口です
9時開園なので、まだ閑散としています。
当初、ここから峠の湯(2.6km先)までトロッコ列車の利用を
考えたのですが、運転時刻が10時なので諦めました
・・・ひたすら歩くしかない

2013.09.29 ▲
サムネイル化した写真・地図をクリックして頂くと
800×600サイズの写真が別に表示されます
1973年の自転車旅行の時の話題は茶色の文字で
1996年の軽井沢から徒歩で下った時の話題は緑色の文字で
今回の散策の時の話題は、この文字色で綴ります

13.09.21.08:35.23.
横川駅の構内に入ってきました
線路が外されています
1973年の自転車旅行。
初日、東京から横川まで130kmの走行でした。
それまでのチャリ散策では、80~100kmが通常でしたが
敢えて延ばしたのは、この先の碓氷峠の存在。
100km地点の高崎で宿泊すると、翌日の行程が
碓氷峠越えをした上で、佐久まで60km走らないとなりません。
また標高が90mの高崎から標高970mほどの碓氷峠まで
・・・道のり40kmに及ぶ登り坂が続くのは、かなりキツい
前日に標高380mほどの碓氷峠の麓まで登っておいて、
一晩ゆっくり休んで、元気になって峠越えをしようと・・・。
結果的に、正解だったのですが・・・
夜通し走って、夏の太陽に照らされての
高崎-横川もキツかったです
一向に速度が上がらず、最後は歩きの方が速い?
って感じでした

1996年の頃の横川駅構内
碓氷峠を上り下りする際に連結する電気機関車が止まっています
向こうから来るのは、特急「あさま」
横川駅で電気機関車を連結するために全て停車
お客さんは、その間に「峠の釜めし」を購入したものです

13.09.21.08:37.31.
横川駅ホームの軽井沢側
線路が途絶えています
新幹線開通前は、正面の山裾を
よじ登って、軽井沢へ向かいました
車内で撮った写真(一番上)と車外で撮った写真・・・
空の色が違います
800×600サイズの写真が別に表示されます
1973年の自転車旅行の時の話題は茶色の文字で
1996年の軽井沢から徒歩で下った時の話題は緑色の文字で
今回の散策の時の話題は、この文字色で綴ります

13.09.21.08:35.23.
横川駅の構内に入ってきました
線路が外されています
1973年の自転車旅行。
初日、東京から横川まで130kmの走行でした。
それまでのチャリ散策では、80~100kmが通常でしたが
敢えて延ばしたのは、この先の碓氷峠の存在。
100km地点の高崎で宿泊すると、翌日の行程が
碓氷峠越えをした上で、佐久まで60km走らないとなりません。
また標高が90mの高崎から標高970mほどの碓氷峠まで
・・・道のり40kmに及ぶ登り坂が続くのは、かなりキツい
前日に標高380mほどの碓氷峠の麓まで登っておいて、
一晩ゆっくり休んで、元気になって峠越えをしようと・・・。
結果的に、正解だったのですが・・・
夜通し走って、夏の太陽に照らされての
高崎-横川もキツかったです
一向に速度が上がらず、最後は歩きの方が速い?
って感じでした

1996年の頃の横川駅構内
碓氷峠を上り下りする際に連結する電気機関車が止まっています
向こうから来るのは、特急「あさま」
横川駅で電気機関車を連結するために全て停車
お客さんは、その間に「峠の釜めし」を購入したものです


13.09.21.08:37.31.
横川駅ホームの軽井沢側
線路が途絶えています
新幹線開通前は、正面の山裾を
よじ登って、軽井沢へ向かいました
車内で撮った写真(一番上)と車外で撮った写真・・・
空の色が違います
2013.09.28 ▲

13.09.23.12:51.45.
草丈5cmほどのあさがおに
花が付きました
その脇には発芽したばかりの芽も
もうすっかり秋の陽気なのに・・・
2013.09.27 ▲
サムネイル化した写真・地図をクリックして頂くと
800×600サイズの写真が別に表示されます
1973年の自転車旅行の時の話題は茶色の文字で
1996年の軽井沢から徒歩で下った時の話題は緑色の文字で
今回の散策の時の話題は、この文字色で綴ります

13.09.21.07:47.42.
信越本線「横川行き」普通電車(左)に乗り換えです
8時2分に発車、横川駅には8時36分に着きます
長野新幹線開通前の最盛期には長野(直江津)行きの特急が19往復、金沢行きの特急が
1往復、中軽井沢行きの臨時特急、さらに妙高高原、長野、湯田中方面への急行が
8往復走り、その合間を各駅停車が走るという関東と信州を結ぶメインストリートでした
ですが、新幹線開通と共に、横川-軽井沢の間は廃止されて、
現在は1日24往復の普通電車のみ(たまに臨時快速を運転)
通勤・通学時間帯は1時間に2本、それ以外は1時間に1本と
何とも寂しい状況に・・・こんな本数なのに、昔の名残?で
複線のままなので、所要時間は昔より短縮されたかもしれませんが。

13.09.21.07:49.30.
一旦、車内に入ったのですが・・・
窓が汚い
車内から外を見ると、薄茶色っぽく見えます
高崎線の電車はガラス自体が特殊で
色変わりしちゃってたけど
この電車は、窓が汚れで曇っていました
ローカル線だから、車体洗浄の機会も少ないのでしょうか
車窓を撮るのが難しそう・・・

13.09.21.07:58.15.
車内は学生さんが大勢でしたが、今回はすんなりと座れました。
でもロングシートなので、写真は撮りづらい
スマホのバッテリーが減ってきたので
先日、購入した充電器で充電
ガタイはデカイですが、薄いので
バックにすっぽり収まっています

13.09.21.08:13.39.
安中駅に間もなく到着
曇りガラス越しだと、こんな写真になります
「安中」の地名、私の世代ですと、公害の代名詞のようなイメージ・・・なんです
精錬所から出る廃液と排煙が原因で農作物、
生き物が大きな影響を受けました(原因物質はカドミウム)
住民にも「イタイイタイ病」が発症・・・
長年に渡り、注目を浴び、「安中」の地名を全国区に・・・
現在、操業中って事は、公害対策を施しているのでしょうね
それにしても窓が汚い
別の車両に移動です
800×600サイズの写真が別に表示されます
1973年の自転車旅行の時の話題は茶色の文字で
1996年の軽井沢から徒歩で下った時の話題は緑色の文字で
今回の散策の時の話題は、この文字色で綴ります

13.09.21.07:47.42.
信越本線「横川行き」普通電車(左)に乗り換えです
8時2分に発車、横川駅には8時36分に着きます
長野新幹線開通前の最盛期には長野(直江津)行きの特急が19往復、金沢行きの特急が
1往復、中軽井沢行きの臨時特急、さらに妙高高原、長野、湯田中方面への急行が
8往復走り、その合間を各駅停車が走るという関東と信州を結ぶメインストリートでした
ですが、新幹線開通と共に、横川-軽井沢の間は廃止されて、
現在は1日24往復の普通電車のみ(たまに臨時快速を運転)
通勤・通学時間帯は1時間に2本、それ以外は1時間に1本と
何とも寂しい状況に・・・こんな本数なのに、昔の名残?で
複線のままなので、所要時間は昔より短縮されたかもしれませんが。

13.09.21.07:49.30.
一旦、車内に入ったのですが・・・
窓が汚い

車内から外を見ると、薄茶色っぽく見えます

高崎線の電車はガラス自体が特殊で
色変わりしちゃってたけど
この電車は、窓が汚れで曇っていました
ローカル線だから、車体洗浄の機会も少ないのでしょうか
車窓を撮るのが難しそう・・・


13.09.21.07:58.15.
車内は学生さんが大勢でしたが、今回はすんなりと座れました。
でもロングシートなので、写真は撮りづらい

スマホのバッテリーが減ってきたので
先日、購入した充電器で充電
ガタイはデカイですが、薄いので
バックにすっぽり収まっています


13.09.21.08:13.39.
安中駅に間もなく到着
曇りガラス越しだと、こんな写真になります

「安中」の地名、私の世代ですと、公害の代名詞のようなイメージ・・・なんです
精錬所から出る廃液と排煙が原因で農作物、
生き物が大きな影響を受けました(原因物質はカドミウム)
住民にも「イタイイタイ病」が発症・・・
長年に渡り、注目を浴び、「安中」の地名を全国区に・・・

現在、操業中って事は、公害対策を施しているのでしょうね
それにしても窓が汚い

別の車両に移動です
2013.09.27 ▲
サムネイル化した写真・地図をクリックして頂くと
800×600サイズの写真が別に表示されます
1973年の自転車旅行の時の話題は茶色の文字で
1996年の軽井沢から徒歩で下った時の話題は緑色の文字で
今回の散策の時の話題は、この文字色で綴ります
800×600サイズの写真が別に表示されます
1973年の自転車旅行の時の話題は茶色の文字で
1996年の軽井沢から徒歩で下った時の話題は緑色の文字で
今回の散策の時の話題は、この文字色で綴ります

自転車旅行初日のコース(オレンジ色のライン)です
東京から中山道で横川まで向かいました・・・
現在の国道17号と国道18号になります
ドライブマップ等で距離を調べると、宿まで130km
でも実際には、裏道を通ったり、田んぼの真ん中を走ったり
その挙げ句、行き止まりに遭遇して戻ったり・・・で、数kmは増えています
夜間の国道は大型トラックがビュンビュン飛ばしてて
かなり危険(関越道も無い時代。国道がメインストリート)
ぶつかりはしなくても、風であおられて、道脇の畑に
落ちそうになるし・・・夜中の国道は走りたくないって感じました

13.09.21.07:08.50.
7時を過ぎた頃、熊谷駅(埼玉県)に到着
赤羽駅で乗ってから、かれこれ1時間経過
各駅で下車する人は居るのですが、
乗車してくる人の方が多くて、車内の混雑は変わらず・・・
普段、近距離だと座席に座る事はないのですが
お腹空いてたし・・・
熊谷と言えば、岐阜県多治見市と共に40.9度の
日本一暑い所として有名(でしたね
)
それが、今年、伏兵の「高知県四万十市」で41.0度を記録
がんばれ!あつべえ

13.09.21.07:13.23.
篭原駅(埼玉県)に到着
ボックス席に空席が出ました
やっと座れます・・・乗車後、丁度、1時間でした
今までの旅行で、最長だったのが
東海道新幹線の東京から京都まで・・・
新型「のぞみ」が出る前でしたので2時間半くらい。
荷物もあったので、ずっとデッキで過ごしました。
東京からの「のぞみ」の場合、
新横浜で座れなければ名古屋まで
名古屋で座れなければ京都まで座れない訳で・・・
そうなると居直っちゃうのですが
普通電車だと、駅停車の度に減速・加速を繰り返し
結構、足腰に負担がかかるとか・・・
腰痛持ちにはキツい
東京から中山道で横川まで向かいました・・・
現在の国道17号と国道18号になります
ドライブマップ等で距離を調べると、宿まで130km
でも実際には、裏道を通ったり、田んぼの真ん中を走ったり
その挙げ句、行き止まりに遭遇して戻ったり・・・で、数kmは増えています
夜間の国道は大型トラックがビュンビュン飛ばしてて
かなり危険(関越道も無い時代。国道がメインストリート)
ぶつかりはしなくても、風であおられて、道脇の畑に
落ちそうになるし・・・夜中の国道は走りたくないって感じました

13.09.21.07:08.50.
7時を過ぎた頃、熊谷駅(埼玉県)に到着
赤羽駅で乗ってから、かれこれ1時間経過
各駅で下車する人は居るのですが、
乗車してくる人の方が多くて、車内の混雑は変わらず・・・
普段、近距離だと座席に座る事はないのですが
お腹空いてたし・・・

熊谷と言えば、岐阜県多治見市と共に40.9度の
日本一暑い所として有名(でしたね

それが、今年、伏兵の「高知県四万十市」で41.0度を記録
がんばれ!あつべえ


13.09.21.07:13.23.
篭原駅(埼玉県)に到着
ボックス席に空席が出ました

やっと座れます・・・乗車後、丁度、1時間でした
今までの旅行で、最長だったのが
東海道新幹線の東京から京都まで・・・
新型「のぞみ」が出る前でしたので2時間半くらい。
荷物もあったので、ずっとデッキで過ごしました。
東京からの「のぞみ」の場合、
新横浜で座れなければ名古屋まで
名古屋で座れなければ京都まで座れない訳で・・・
そうなると居直っちゃうのですが
普通電車だと、駅停車の度に減速・加速を繰り返し
結構、足腰に負担がかかるとか・・・
腰痛持ちにはキツい

2013.09.26 ▲
サムネイル化した写真・地図をクリックして頂くと
800×600サイズの写真が別に表示されます
1973年の自転車旅行の時の話題は茶色の文字で
1996年の軽井沢から徒歩で下った時の話題は緑色の文字で
今回の散策の時の話題は、この文字色で綴ります

13.09.21.06:15.16.
赤羽駅を出て、荒川の鉄橋を渡ります
東京都と埼玉県の県境・・・
以前、社員旅行でこの荒川を渡った際、
神奈川県の社員さん達が、この荒川の川幅の広さに
驚いていたのが結構、意外でした
東京都の南側の県境、多摩川のイメージが強いのかな?
実際、日本一、川幅が広い川が荒川なのだそうです
でも、東京との県境ではなく、はるか上流、埼玉県鴻巣市。
お隣、吉見町とを結ぶ「御成橋」の上流600m程の場所・・・
川幅が2537m、歩くと30分以上、かかっちゃう
でも、実際は河川敷が広くて、普段、水の流れる川幅は数十mだとか
・・・堤防から川の流れを越えるまで、延々1.5km河川敷が続くそうです
で、その河川敷には住宅も建ち、田んぼもあるそうです(動画)
13.09.21.06:26.01.
「さいたま新都心駅」(埼玉県)に到着
平成12年に出来た、新しい駅・・・
旧国鉄の操車場を廃止、再開発されて「さいたま新都心」として
高層ビルやイベント施設が建設されました
右の建物が「さいたまスーパーアリーナ」
最大36000席でのライブ等が開催できるとか・・・
駅改札口から、すぐなのがいいですね
800×600サイズの写真が別に表示されます
1973年の自転車旅行の時の話題は茶色の文字で
1996年の軽井沢から徒歩で下った時の話題は緑色の文字で
今回の散策の時の話題は、この文字色で綴ります

13.09.21.06:15.16.
赤羽駅を出て、荒川の鉄橋を渡ります
東京都と埼玉県の県境・・・
以前、社員旅行でこの荒川を渡った際、
神奈川県の社員さん達が、この荒川の川幅の広さに
驚いていたのが結構、意外でした
東京都の南側の県境、多摩川のイメージが強いのかな?
実際、日本一、川幅が広い川が荒川なのだそうです
でも、東京との県境ではなく、はるか上流、埼玉県鴻巣市。
お隣、吉見町とを結ぶ「御成橋」の上流600m程の場所・・・
川幅が2537m、歩くと30分以上、かかっちゃう

でも、実際は河川敷が広くて、普段、水の流れる川幅は数十mだとか
・・・堤防から川の流れを越えるまで、延々1.5km河川敷が続くそうです
で、その河川敷には住宅も建ち、田んぼもあるそうです(動画)

13.09.21.06:26.01.
「さいたま新都心駅」(埼玉県)に到着
平成12年に出来た、新しい駅・・・
旧国鉄の操車場を廃止、再開発されて「さいたま新都心」として
高層ビルやイベント施設が建設されました
右の建物が「さいたまスーパーアリーナ」
最大36000席でのライブ等が開催できるとか・・・
駅改札口から、すぐなのがいいですね
2013.09.25 ▲