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「キハ181」系気動車

製造は1968年~1972年
それまでのディーゼル特急の出力不足を改善すべく登場した
大出力エンジンを搭載したディーゼル特急
最高速度は120km/h

1968年、「名古屋-長野」間の「しなの」に投入
1970年、「上野-秋田」間の「つばさ」に投入
1972年、「岡山-益田」間の「やくも」、「高松-宇和島」間の「しおかぜ」、
「高松-中村」間の「南風」に投入

しかし、中央西線や奥羽本線の山岳区間でオーバーヒートが続出

晩年は、山陰・四国地方で運用

2011年、運用終了、2012年2月、廃車

尚、15両がミャンマー国鉄の譲渡されたそうです

模型は、1968年製造の量産先行車の「キハ181-4」で
1968年10月より、特急「しなの」に使用
1975年、「米子」に転属、特急「やくも」に使用
以降、山陰系列の特急に使用

2003年4月、廃車

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このキハ181系・・・乗車する機会はありませんでしたが
子供の頃、草野球をしていたのが「尾久」の国鉄グランド

夕方4時過ぎになると、このキハ181系が尾久の車庫に帰還
グランド脇に一時停止してエンジンのアイドリング音を響かせていました

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草野球の際、よくファウルボールがグランドから出ちゃって・・・
脇の線路まで飛んで行くこともしばしば

今だったら絶対にダメでしょうが、当時はおおらかだったのか
ボール拾いに線路に立ち入っても、怒られる事もなくて・・・
(勿論、列車が来ないか確認した上で・・・危なそうな場所だと作業している方にお願いしたりして)

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遊びの草野球は、放課後、よくやっていて
黒い煙を吐きながら徐行する「キハ181」系の姿は見慣れたものになっていました

近くには、シートに覆われた「D51」も蔵置されてたのですが・・・
噂では「三河島事故」のD51で、車体には事故時の血の痕が残っているとかで
そのD51の下にボールが入っちゃった時だけは、怖々と取って、さ~っと逃げた記憶がありますね


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奥羽本線・板谷峠越えでオーバーヒートが続いた後
「EF71」交流電気機関車が補機として連結・牽引されての運行でした

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板谷峠での「キハ181」系のトラブル発生・・・
電車特急でも電動車(モーター付車両)の比率を上げた編成にせざるを
得ない難所に投入したのだから当然との話もあったようです

その11:名鉄キハ8000系

その10:キハ85系
その
:西武E851形
その:北越急行HK100形
その:キハ183系500番台
その:DD54形
その:EF57形
その:名鉄キハ8500系
その:EF71形
その:E10形
その:伊豆急100形


この後も、不定期で更新します/
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2019.03.26 


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