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国鉄10系客車に分類される「軽量客車」の中、
「ナハ11」と「ナハフ11」です

「ナハ11」は、1955年に登場した三等車両「ナハ10」を改良。
室内灯を蛍光灯にし、乗降扉を折戸から一枚開き戸に変更

「ナハフ11」は、「ナハフ10」を同様に改良した緩急車。

どちらも1957年に登場しました
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「ナハフ11-2019」

「ナハフ」の最初のカタカナ・・・「ナ」は重量記号で
27.5トン以上~32.5トン未満

「ハ」は用途記号で、普通3等車

「イロハ順」に「イ」:1等車、
「ロ」:2等車(1等車→現在のグリーン車)、「ハ」:(2等車→現在の普通車)

「フ」は、客車の場合、ブレーキ装置がある車掌室を装備

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それまでは床部(台枠)で構造物を支える構造でしたが
側板、屋根、妻板、鋼板による床当、車体全体で支える構造で大幅に車体軽量化
台車もプレスした鋼板を溶接する事で重量を軽減

それまでの「スハ43」と比べ、約10トンも軽くなったそうです

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側窓は「一段下降窓」で眺望が良さそうですね
ただ、排水が悪く雨水が内部に溜まり、腐食が進む事態も発生

内装も軽金属を使用し、アルミサッシ、合成樹脂素材の採用で
ほぼ木製を駆逐・・・「全金属車体」となったそうです

「ナハフ11-2019」は元々、「ナハフ11-19」でしたが
1963年に「電気暖房」を追加設置し改番されたそうです

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「ナハフ」と「ナハ」の連結部

乗降ドアの窓は上下2段式の開閉タイプになっていますが、
1枚窓で破損した場合、大きなガラスは高価だったので・・・という説と
デッキに立つお客さんが、
ドアを開けなくても風に当たれるから・・・という説もあるそうです

摺りガラス部分はトイレ、洗面所

右の「ナハ」車両には「北オク」の表示が・・・
国鉄時代の「東京北鉄道管理局」の「尾久客車区」の所属という意味です

この「客車区」近くに「野球グランド」が隣接されてて、中学生前後の頃
よく草野球をやりに自転車で通っていました

夕方頃、グランド脇にの線路に入ってくるのが、キハ181系「つばさ」
そのエンジン音、アイドリング音をよく聞いたものでした

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「ナハ11-2017」

「ナハフ11-2019」同様、「ナハ11-17」に電気暖房を追加設置

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徹底した軽量化を図り、輸送力増加(列車当たりの連結車両数の増加)に効果を上げましたが、
走行時の振動、揺れが激しい事、断熱材の不足と大きな窓で旧型客車より保温性が悪化
全体的に薄い鋼板を使用した事で、劣化が進行・・・製造10年ほどで老朽化がみられたそうです

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一方、10系軽量客車は、3等座席車両だけでなく
2等座席車(ロハ:現在のグリーン車)、2等寝台車(ロネ)、3等寝台車(ハネ)、
食堂車(シ)、郵便車(ユ)、荷物車(ニ)等も製造

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1972年11月6日、「大阪」発「青森:行、急行「きたぐに」(EF70 +10系客車15両)が
北陸トンネル内を走行中、食堂車内の電気暖房装置のショートにより出火

「北陸トンネル」敦賀口から5.3km地点で停車
消火作業と共に、火災車両と後部車両を切り離し、ついで前部車両を切り離し作業中
架線が火災で溶け、停電。機関車が走行不能に・・・。

煙がトンネルに充満し、死者30名、負傷者714名を出す大惨事となりました

長大トンネル内の消防設備の不足、設備不備と共に10系客車に使用されていた
軽量化のための新建材やプラスチックの内装が炎上時に有毒ガスを発生させ
被害を拡大させた事から、食堂車の使用停止と共に、難燃化工事を実施しましたが
50系客車の登場で10系客車の運用は減少していったそうです

また、床下にディーゼルエンジンを搭載した「14系車両」を集中電源方式の24系に切り替え
(後に、防火装置を装備した14系(15形)が登場)

この「北陸トンネル火災事故」もひとつのきっかけでしたが、急行列車の減少、
後継客車(50系)の登場により、10系客車の運用は徐々に減っていったそうです

1995年、「尾久客車区」に在籍していた「ナハフ11」が除籍され、形式消滅に・・・。

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EF57」+10系座席車

貴重な走行シーンが公開されていました



尾久や上野での姿の他、日暮里ホーム跡も記録されています

7分59秒頃の牽引客車の中に、大窓のノーシルノーヘッダー車両の姿。
10系客車かな?と思ったのですが・・・。

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EF58(旧型)」+10系座席車
製造がかなり昔の事ですし、改造がなされたため、走行シーンは見つかりませんでした

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EF62」+10系座席車

この組み合わせは実際にあった筈(画像が見つかりませんでしたが)

軽量客車は急勾配の信越本線「碓氷峠」越えには大きなメリット。
「碓氷峠」を越える、信越本線客車列車には重点的に配備されたそうです

学生時代、学友たちと菅平高原へスキー旅に訪れた際、安く
上げるために上野からの普通列車に乗車(上野発、長野行)

碓氷峠越えでは「EF63」を補機として増結、それ以外はEF62の牽引だったと思います

その84:EF58形(旧型)
その83:キハ71系
その82ED78形
その81:EF65形1000番台
その80:キハ55系
その79:DE10形+貨車
その
78:長野電鉄2000系
その77:国鉄旧型客車
その76:EH800形
その75:EH500形3次形
その74:200系H編成
その73:400系
その72:伊豆急100形
その71:DF200形0番台
その70:EF200形
その69:EF510形
その68:EH200形
その67:JR500-7000系ハローキティ
その66:JR500-7000系(TYPE EVA)
その65:西武4000系
その64:小田急5200形
その63:キハ110系
その62:115系2000番台
その61:クモユニ143形
その60:小田急3100形
その59:阪急2800系
その58:キハ181系
その57:DF50形
その56:DD51形500番台
その55:EF62形
その54:583系
その53:E3系0番台
その52:583系
その51:383系
その50:キハ82系
その49:キハ183系500番台
その48:キハ283系
その47:箱根登山鉄道モハ2形
その46:E6系
その45:W7系
その44:500系
その43:近鉄12200系
その42:キハ85系
その41:451系
その40:小田急3000形(SE車)
その39:651系
その38:西武30000系
その37:E657系
その36:ED75形700番台
その35:近鉄10100系
その34:東急デハ200形
その33:E353系
その32:257系0番台
その31:EF64形1000番台
その30:169系
その29:313系3000番台
その28:371系
その27:小田急2300形
その26:会津鉄道キハ8500形
その25:157系
その24:483系
その23:キハ57形
その22:小田急3000形(SSE車)
その21:E351系
その20:小田急9000形
その19:6050系
その18:583系
その17:北越急行683系8000番台
その16:383系
その15:東武1700系
その14:京王5000系
その13:EF63形
その12:キハ181系
その11:名鉄キハ8000系
その10:キハ85系
その:西武E851形
その:北越急行HK100形
その:キハ183系500番台
その:DD54形
その:EF57形
その:名鉄キハ8500系
その:EF71形
その:E10形
その:伊豆急100形

この後も、不定期で更新します/
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2021.08.03 


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